開催日時： 2006年9月24日（日）14時
会場： ICC 5F ロビー

InterCommunication – ICC Report
未踏ソフトウェア創造事業の紹介も兼ねた6月のパネルに引き続き，第二回目のオープンサロンを9月24日にICCで開催した．今回はTokyo Art Beatを主宰するNPO Gadagoが，中間法人Mozilla Japanの協力を受け，筆者がディレクションを行なうプロジェクト「DIVVY/dual」の一環として，アート表現とオープンソース的力学の関係を三人のパネリストとともに模索するシンポジウムとなった．
周知のように，オープンソース的展開はソフトウェアという機能商品の分野から始まり，今は情報文化財にも影響を与えはじめている．その流れの中で，史的前衛性を担保すべき「アート」の領域はどう位置づけられるのか? この問いは，例えば次のような問いの連鎖をも誘発する．近代的制度の場としての美術館は，非市場をも包括するオープンソース経済が醸成されているネットワーク情報社会の中でどのような役割を持ちうるのか? この可能な変化の中で，アーティストと観衆はどのように相互の関係を再定義できるのか? そしてまた，アート作品と呼ばれる対象（それが物的インスタレーションであれパフォーマンスであれ）を「開く」ことは何を意味するのか?
元『美術手帖』誌の編集長で，現在はフリーのアート・ストラテジストとして活動する楠見清は，60年代ニューヨークのフルクサスにおけるパフォーマンス・スコアの共有にこそ現代美術のオープンソース的展開の萌芽が見られると指摘した．現代美術家の椿昇は，国連少年（United Nation Application）プロジェクトの一環として展開する《Radikal Dialogue》を紹介し，政治／非政治を超えて能動的な参加を促すためにこのプロジェクトを「開く」必要があったことに言及した．作曲を背景に持つアーティストの遠藤拓己は，今回のDIVVY/dualプロジェクトで筆者によるキュレーション，松山真也によるエンジニアリングと協働で制作した《Type Trace》を紹介した．この作品は，キーボードを使ったテクスト生成の過程を再生し開示させることにより，テクスト作成の姿勢そのものを変容させかねない力を持っており，あやゆるテクスト生成過程が脱構築され脱神秘化される意味において「開示的」であると筆者は考えている．そして，翻訳家にして評論家の山形浩生は，レヴィ＝ストロースを引きながら創造資源の全共有が創造性の枯渇に繋がる危険性を指摘したうえで，現在の表現形が作家から観衆へと伝達される「作品」ベースから，主客混交とした「プラットフォーム」ベースへと変容していることに言及し，その可能性を肯定していた．
この三時間で当初の設題に答えきることは当然ながら不可能であったが，このようなテーマでの議論が公開の場で行なわれたことの意義は少なくないように思える．資本制経済の商品交換スキームに留まるままでは，アート領域の前衛性は根本的に現代美術活動の大規模化へと収斂されるほかないだろう．そのことの最も大きな損失は，予測可能な文化が前景化し，偶有性は後退することにあり，その抵抗のためには観衆による批評性と自己定義を誘発する運動を構築しなければならない．その具体的な実践は，既存の市場に代替する社会的な交換の場を再設計すると同時に，観衆とアーティスト，そしてその媒介者（ソフトウェアとキュレーターを含む）といった各主体それぞれが自らの役割と関係性を開示し，再定義していくことにある．［ドミニク・チェン］
出典：『季刊 InterCommunication』No.59（NTT出版，2006）

オープン・サロン「アートのオープンソース化は可能か？」